スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

得難き出会い

IMG_6454.jpg
ペルー人・マルコの大家族と。

今回の旅は一人旅ということも会って、多くの出会いに恵まれたけど、この出会いはその中でも得難いものだった。
マルコとは、マチュピチュからクスコに戻る電車の中で偶然隣になったが、朝が早かったこともあり、僕はその時読んでいた本がおもしろくて、ろくに話しかけもしなかったし、彼も彼で、別の席にいる人たちのところへ行っていることが多かったので、1時間くらいは話さなかった。
ふとした時にマルコが席に戻ってきて、「それ日本語の本?」と英語で聞いてきたので、そっから会話がスタートしたのだが、彼は何かと色々知りたがったので、日本のことや自分のことをいろいろ話した。

マチュピチュに行ったことがある人なら分かると思うけど、普通クスコから直接マチュピチュまでは電車では行かない。
大体中間くらいにある、オリャンタイタンボというところまではコレクティーボ(乗合タクシー)で行って、そっから電車に乗るわけだ。
今回の場合は逆だから、マチュピチュの麓の村からオリャンタイタンボまで電車で行って、そっからはコレクティーボでクスコに戻るつもりだったが、マルコにどうするのかって聞いたら、オリャンタイタンボの遺跡を見て、ウルバンバでランチを取り、ピサックの市場に行き、クスコに夜戻ると言う。

ドンピシャなわけです、俺にとっても。
クスコからマチュピチュの間には聖なる谷と言って、いくつも遺跡の類があるわけだけど、僕はマチュピチュに向かう時に、写真でも紹介したモライとマラスの塩田にはチョロッとしたツアーで行ってしまったので、帰りはできたらオリャンタとピサックに行けたらな~、でも荷物預けるとこないしな~と思っていたのだ。
マルコにどうやって行くんだ?と聞いたら、家族とガイドと運転手つきのバスで行くと言うから、お金は払うから一緒に連れてってくれないか?と聞くと、家族に聞いて即OK。
金なんか要らないと。
その時はラッキー!くらいに思っていたんだが、マルコを含め家族みんなが優しくて、親切で本とに楽しい1日になった。ガイドもドライバーも本とに優しかった。
俺だけのためにガイドもマルコも英語で解説してくれるし。

家族が全部で21人てのは驚かされたけど 笑

ちなみに英語を理解したのは、マルコとアレクサンドラってゆーマルコのお姉ちゃんだけ・・・でもジューってゆーチビも俺にすごくなついてくれて、すごい景色だけじゃない旅の醍醐味を味わいました。
ガイドも俺にはいいからドライバーにちょっとチップをやってくれというだけで、全く商売っ気も恩着せがましいところもなくて、人の思いやりを存分に感じれた日でした。
アレクサンドラはアメリカに住んでるって言ってたし、マルコの家族は明らかに裕福なんだろーな~とは思ったし、これだけ親切にしてくれるのもお金持ちの余裕もあるんだろうなとゆーのもあったけど、でも下心のない厚意というのは旅疲れの僕にはあったかかった。

高度順応できたのか、クスコに戻っても高山病は発症せず、今日は午前中クスコの街をぶらつきました。
そして、クスコからまたリマに移動。
いよいよ明日がこの旅最終日です。

1 この子がジューです。中国人の血が入ってるんだそうです。
2~4 ピサックの市場にて
5 ピサックの遺跡(上)とピサックの村(下)を高台から見下ろす
6 クスコのアルマス広場の夜景 ちなみにペルーにはどこの街にも大体中心にアルマス広場がある
7 サン・クリストバル教会からクスコの街を見下ろす バカと煙は何とかって言うように僕は高いところが空きなのです。
8~11 クスコは魅力的な素敵な道が多い
12 ロレト通りでなにやら弾いていたおじいちゃん。楽器は下手くそだったが・・・苦笑


IMG_6470.jpg
IMG_6478.jpg
IMG_6485.jpg
IMG_6487.jpg
IMG_6493.jpg
IMG_6115.jpg
IMG_6516.jpg
IMG_6522.jpg
IMG_6525.jpg
IMG_6526.jpg
IMG_6540.jpg
IMG_6547.jpg
関連記事

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。