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#61 怒りは君を幸せにしたか? ~平和~

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怒りは君を幸せにしたか?
前回のエッセーのタイトルは、怒りは僕を幸せにしたか?だったけど、オリジナルは実は「君」なんです。
僕の好きな映画「AMERICAN HISTORY X」の中で、黒人を忌み嫌い、黒人を殺して刑務所に入っている白人の主人公に対して、面会に来た過去の黒人教師が言った言葉。
英語原文では、
Has anything you've done made your life better ?
それがプロの翻訳家の手にかかると、「怒りは君を幸せにしたか?」になる。
話の筋にも、会話の流れにもピタリと合っていて、なんてすごいんだろー、とてもそんな訳できない、とその発想、技術に感心した。
だけど、もっと興味を持ったのは、その訳そのものだった。

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「怒り」は人を幸せにするのか?

前回は、最近の自分に当てはめて、いくら辛くても、もー少し自分を抑えよう、感謝して生きようと思ったことを書いた。
今回書く文章は、実は、4月20~25日まで行っていた沖縄から戻る飛行機の機内で書いたものがメインだ。
それまで教師として働いていた時は、教育以外にほとんど目を向けなかったが、体を壊して3月に入院して、毎日ただ体を休めることしかできない僕は、テレビを見たり、新聞や本を読んだりする時間が増えて、教育以外のことも考えるようになった。
そんな中で、今までほとんど興味がなかった政治的なこと、特に「平和」ということに関して考えるようになった。
そんな折に、僕にとって「平和」という言葉が最も身近に感じられ、同時に歴史、現状を知れば知るほど、その「平和」がどこか薄っぺらく、見せ掛けに見えてしまう「沖縄」に戻り、また期せずして、5月3日の憲法記念日がやって来た。(恥ずかしながら、僕は今年初めて5月3日の祝日が憲法記念日だとしっかりと記憶した。ちなみに4日は今も知らない。5日は昔から知ってるけどさ。)

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「KY」という言葉はいい加減多少廃れたかもしれないが、「KY」を気にする雰囲気はより勢いを増し、一方向へ流れてしまう大衆。
「やられたらやり返せ」「やられる前に叩け」的論調が強くなり、大衆、特に若者は明らかに保守的な方向へ走り、戦前に戻るかのような強硬な発言が目立つ。
「平和」が脅かされているという危機感が高まった結果ではなくて、「平和」の大切さに対する平和ボケ、「戦争」の恐ろしさを想像する力が欠けているのではないかと思う。

一見、南国の楽園、実際には経済的な困窮と、相変わらず日本の安全保障において差別的待遇を受けている沖縄の地で、僕の平和に対する願いと、それに逆行する大衆の動きに対する危機感はより高まった。
沖縄の教え子が、「この感じだと、私たちが生きてる間に日本が戦争起こしても不思議ではないかも・・・」と言っていたのが、心に残る。

戦争では何も解決できない。
満たされるのは、戦勝国の利権・欲望。
失われるのは、愚かかもしれないが、罪のない大衆の命、幸せ。
TVの討論番組で憲法9条を否定し、「やられたらやり返せ」「やられる前に叩け」と声高に叫ぶ評論家。
それに拍手を送る観覧客。
確かに力強い。論理が明確。
僕もそーゆーナショナリスティックなタカ派に心躍らされた時期も確かにあった。
でも、それは大戦中、冷戦中への逆行だ。反動だ。
拳を振り上げるのが勇気ではない。
拳を握り締めたとしても、そのまま耐える勇気を持ちたい。
戦いが起きれば、必ず命が失われる。
手足が吹き飛んだり、内臓が飛び出たり、大事な友達が無意味に殺されたりする。
そーゆー想像力を忘れてしまっている人が多い気がする。

イラクは悪い国か?北朝鮮は野蛮か?
支配階級はそーかも知れない。
でも、大衆は違う。
腹を立てるとすぐ銃をぶっ放すわけでもない。(多分、そーゆー奴はイラクでも北朝鮮でもなく、アメリカに一番多いんじゃないかな、なんとなく 苦笑)
家族がいて、平和を願い、幸せを望み、泣き笑いながら生きている。
決して極悪人ではない。
普通の人間なのだ。
マスコミの影響も大きいけど、今の日本の大衆には、そーゆー想像力が欠如しているんじゃないかな。
テレビでイラク戦争を、イスラエルとパレスチナの紛争を見ればわかるだろー。
権力にも地位にも関係ない子どもたちが殺され、それを悲しむ家族達を。
それを自分達に置き換えるだけの想像力さえあればなーと思う。

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想像力で思い出したが、中3とか高1で、ミーハーなJ-POPを聞くのにうんざりして、ただのかっこつけで洋楽を聴き、ジョン・レノンの「IMAGINE」も当然聴いた。
あの頃は、右の耳から左の耳へ。心地よく抜けてったな~。
メロディしか残ってなかったもんな。
でも今は彼が言っていたことがよくわかる。
一致する部分がすごく大きいから。

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日本は二度と戦争を起こしてはならない。
イラク戦争でだって、僕達の税金で、アメリカの戦闘機は燃料を入れ、飛び、イラクの人々を殺しているのだ。
たとえ、話し合いの平和的解決は理想論だと言われようが、日本は、たとえ60余年前に押し付けられた憲法だろうが、世界で唯一の素晴らしい憲法を持つ国として、安全保障や軍事力による抑止一辺倒ではない、平和的議論により、平和を実現するモデル国にならないといけないと思う。

大衆が革命を起こしたことのない国、日本。
バカを扱った番組で安心し、浅はかな笑いが瞬間的に流行り、廃れる国、日本。
それを垂れ流し続けるメディアもメディアだが、結局はそれを求める大衆。
このような国民の前に、小泉のような(別に小泉を否定するわけではないが、)カリスマ的指導者が現われ、もしその人が強硬な姿勢を貫いたら、国民は一気に一方向に流れ、憲法を改正し、戦争に投入する可能性はあると思う。

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僕は右でも左でも、タカ派でもハト派でもない。(大学時代はサークルで、ジョー派なんつってバカなこと言ってたけど・・・)
集団に埋没して、その流れに簡単に流されれば、取り返しのつかないことにもなりうる。
自分の頭で考え、自分の心で感じること。

怒りは必ずしも負の力だとは思わない。
怒りを自分の中で、自分を前に進める推進力にすることができれば、ものすごいエネルギーになる。
でも、怒りを怒りのまま、他にぶつければ、おそらくそれは自分にも相手にも幸せを生まないだろう。
だから、僕は、平和を願うとき、怒りに任せてしまうことは正しくない、怒りは人を幸せにしないと思う。

君は君で、僕は僕、違う個体で、違う個性で、違う人間。
でも同じ人間なんだ。

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(今回の写真は、こないだ撮った花菖蒲と公園の風景、と4月に沖縄に帰った時に行った新県立美術館・博物館。)
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