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#45 遺心伝信 第10稿 ~師~ &山梨pics

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(山梨 明野 ひまわり畑)

僕には心から尊敬する師がいる。
出会いから4年経った今でも、人生最大の出会いだと考え、唯一本物の教師だと認め、敬愛している。
絶望の淵にいた僕は、先生と出会い、様々な話をし、教えられ、鍛えられ、そして救ってもらった。
教育の力は偉大で、本当に大切だと実感した。
先生は能力的にも、人間的にも圧倒的で、僕は一生かけても到底追い付くことはできないだろうが、教師をやるからには、先生のような、本物の教師・教育者になりたいと思っている。


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(ひまわり畑)

 先生の名前は、輿石正(こしいし まさし)。沖縄の北部名護市にある、名護高等予備校の校長兼経営者だ。僕が輿石先生と出会ったのは、2005年、沖縄2年目の春だった。第8稿で書いたように、当時僕は減圧症に罹り、海を奪われ、何の希望も無く生きていた。1年目に勤めた塾は、とにかく金儲け主義で、僕は教師とゆーよりも、営業マンのようだった。まだ人間になり切れてないよーなレベルの小学生・中学生が中心で、授業をするとゆーより、子守をしている感覚で、僕は嫌気がさしていた。
それで、2年目はもう少しまともなところで働きたいと思い、電話帳で予備校を調べて、上から順に、片っ端から電話をかけた。今は募集してないね~。ちょっと今は無理だね~。返事はそればかり。様々なところにかけ続けたが、もう全滅寸前だった。で、最後に残ったのが、ナゴヨビ(名護高等予備校)。ナゴヨビにも今は要らないと言われたが、崖っぷちの僕は、ちょっといやらしいな、と思いながら、学歴を伝えた。そしたら、電話に出た人が、しぶしぶちょっと待ってくださいと言って、別の人に代わってくれた。それが、輿石先生だった。輿石先生は「雇うかどうかは、こっちで判断するから、とりあえず履歴書送ってみなさいよ。じゃー。」と言った。ビシっと用件だけ言う、なんか怖そうな人だな~と思いながら、お礼を言って電話を切った。
 履歴書を送った数日後、輿石先生から電話があり、話をしよう、○月○日来れる?と聞かれ、僕は数日後、ナゴヨビに行った。お世辞にも豪華とは言えない応接室に通され、輿石先生と1時間半ほど話をした。先生は、僕がそれまで1年間沖縄で会ってきた人達とは全く別物だった。教育の話に始まり、沖縄の歴史、基地問題、また僕の減圧症の話、様々なことを話したが、先生の大きさが僕には計り知れず、はぁ、はぁ、そうですか・・・とただただ圧倒されて聞いていた。帰った後も、今日の話はなんだったんだろう、とイマイチつかめないままだった。ただ、どーやら僕はものすごい人と出会ったぞという直感だけはあった。こーして、僕は、ナゴヨビで働くことになった。

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(ひまわり畑)

 ここで、輿石先生のことを少し紹介しておこう。輿石先生は決して自分の経歴を自慢したり、ひけらかしたりすることがないので、僕が先生と話をする中で、多分そうだろーなと思ったことを記したいと思う。先生は、山梨県出身、でも高校は愛知県の高校へ進学している。どこの高校かは全く聞いたことがないが、同級生に全国模試かなんかで1番を取る奴がいて、そいつにだけはどうしても勝てなかったと言っていたので、自由闊達な校風で有名な旭丘高校じゃね~かな~と僕は勝手に思っている。大学は多分東大。おそらく大学在学中に、輿石先生は、かの有名な哲学者・鶴見俊輔さんに出会う。先生は鶴見俊輔さんのことを、いつも、鶴見俊輔が~~と言って話していた。今でも親交があるようで、鶴見俊輔の最後の弟子だと言っていた。すごい人間とすごい人間というのは、惹かれ合うものなんだな~と僕は思った。僕は鶴見俊輔さんのことを語れるほど知らないので、これ以上はやめておく。その後、輿石先生は、フルブライト奨学金制度で、アメリカに渡り、ハーバード大学で数学を研究。僕もよく知らないけど、フルブライト奨学金とゆーのは、ホントにエリート中のエリートじゃないと選ばれないものだと親父が言っていた。しかもハーバード。輿石先生は、決してどこの出身だということを言うために、僕にアメリカでの話をしてくれたわけじゃないことはわかっているんだけど、やはり一小市民の僕としては、その経歴に圧倒されてしまう。だって、ちょっと頭いいくらいじゃ、フルブライトもハーバードも絶対無理だからね。帰国後は、数年間高校で教師をし、その後河合塾などの大手予備校でカリスマ講師として活躍。40歳の時に、このままでは俺はダメになると思われたようで、沖縄の北部、名護市に移住。ナゴヨビを作り、また自然との共生を訴えて、エコネット美(ちゅら)というエコツアーもやっている。文筆家・編集者としても、「沖縄を知る事典」「沖縄を深く知る事典」を編集、出版。また沖縄の基地問題解決のために積極的に活動している。さらに昨年は、沖縄戦の北部での悲劇を、戦争体験者の証言を元に掘り下げたドキュメンタリー映画「未決・沖縄戦」を製作した。もう60歳を越える高齢でありながら、すさまじいまでのバイタリティと好奇心、強さと柔らかさを兼ね備えた、僕にとっては永遠の憧れ、偉大な師、スーパーヒーローだ。

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(朝ははっきり見えてたのに、昼には雲に隠れちゃった富士山・・・悲)

 輿石先生は、ものすごい論理性と広い心、深い専門性と幅広い教養を兼ね備え、理知的な大人であり、無邪気な少年のように子どもだ。ものすごい教養を持っているが、わからないことには素直にわからないと言い、僕のようなガキんちょや高校生の発言にも真摯に耳を傾ける。決しておしゃべりという感じはないが、低い声でゆっくりじっくりと話されるその言葉はいつも重みがある。輿石先生は、その大きさ、すごさを言葉だけでなく、自分の生きる姿勢で表す人なので、君たちに全てを伝えることは到底不可能だが、僕が輿石先生と話す中で、僕の心をとらえた15の印象的な言葉を紹介しようと思う。

「とことん自分の色を出して、自由にやりなさい。何やってもいーから。」
僕が初めて輿石先生と会った時の言葉。この時僕は自分に、人生に絶望していて、加えてそんなに熱心に働く気もなかったから、あんまり厳しいことしなくていーんだ、ラッキーと考えてしまった大馬鹿者だが、今はこの言葉の重みがわかる。自由を与えられた時ほど、それは自分の真価が問われる、自分にとって厳しい時なんだ。自らの頭を存分に使って、自分が本当に大切だと思うことをやらなければならない。言われたことをきっちりこなす方がどれだけ楽か。少々のこと、些末な問題であたふたせず、どっしり構え、本質的なことを求める輿石先生の大きさを表した言葉だと思う。

「待つってのは、受身の姿勢と思われがちだが、すごく我慢のいる能動的な姿勢なんだよ。」 
 僕がナゴヨビに勤めて半年くらい、フラフラと適当に働いていて、しびれを切らした輿石先生が、鈴木君、今度時間がある時に俺の授業を見に来なさい、と言った。英語の授業だったが、僕が受けたことのない素晴らしい授業だった。文法的なことはもちろん、ある単語の背景にあるキリスト教の影響、アメリカ人の思考様式なども話してくれた。今でも僕には全然出来ない授業だ。その授業後、二人で話した時に、言われたのが上の言葉。僕は、こんなすごい先生と一緒に働きながら、この人から学ぼうとしていなかった自分を恥ずかしく思ったし、こんな自分をじっと何も言わず待ってくれていた先生に申し訳ないと思い、それでも僕の成長を促してくれた先生に感謝した。

「鈴木君は、経験主義とゆーか体験主義だね~。一つの穴から入ったものは、一つの穴からしか出てこないよ。」 
 今では経験以上に、論理や理性を重んずる僕だが、当時はまだまだ自分の経験を元に様々な問題に対処していた。だから生徒の悩みに対するアドバイスなども、もっぱら自分の経験から得たものしか与えることしかできず、一面的なものの見方しかできていなかった。輿石先生はもっと頭を使って、広い視野を持ちなさいということを言ってくれたのだ。経験主義と体験主義の違いは後に述べる。

「俺はできらぬ~(沖縄方言で、頭が悪いの意)だからね~、わからんことはわからんと言う。」 これほど頭のいい人でもわからないことはあるんだ。というか、賢いからこそ、自分がわかる部分とわからない部分を分けることができ、自分がわからない部分がしっかりわかるのであり、賢いからこそ、わからないことをわからないと正直に言えるんだと思った。だから60を過ぎても、成長し続けることができるんだと思う。

「まだ、鈴木譲は自分の足で立って生きてない。親からもらったもので生きてる。」
 僕はそれなりに自分の考え、経験をふまえて、自分がそれまで獲得してきたもので生きてると思っていたが、輿石先生は僕の人間性や能力を認めてくれた上で、親に感謝しなさい。でもまだまだ鈴木君は頑張りが足りない。もっと本気で生きて、自分で鈴木譲という人間を形作れと言った。

「読書は経験です。」
僕はこれを言われた時理解できなかった。・・・?だった。もちろん輿石先生は本を読むことを薦めているのだが・・・だって、経験主義的になりすぎることを輿石先生は批判してたじゃん、と思ったのだ。でも今は自分なりにだが、この言葉を理解している。人間一人の人生なんてたかが知れてる。いくら個人がすごい経験をしても、所詮人間一人分。人類が経験してきた様々なことを経験することはできない。だから、過去の偉人が書いた本(=古典)を読むことによって、少しでも偉大な他人の経験や考えを吸収して、自分の経験(のようなもの)にするんだ。輿石先生が、上で、経験主義と体験主義を分けたのはそーゆー理由じゃないかと思う。体験というのは、所詮人間一人の経験。経験というのは、人間一人がしたものと考えず、国や世界、また人類がしてきた経験。それを、現在・未来を生きるための知恵とすること。そーゆー意味では、輿石先生は決して経験主義を否定していない。これは、イギリスの経験主義(=経験主義)と日本人の経験主義(=体験主義)の違いでもあると思う。 ・・・難しい?笑

「なぁ鈴木君、鶴見俊輔はほっこりした人間なんだよ。丸みを帯びた人間になりたいな~。」
 僕は鶴見俊輔さんのことはほとんど知らないが、輿石先生はよく鶴見さんと語った話をしていた。僕は難しくてあんまり理解できなかったけど、本当に頭が良くて、すごい人間というのは、ものすごく強いけど、ものすごく優しいんだということを言っているということはギリギリ理解できた。

「俺は経営者としては三流だ。金儲けできる奴はいるけど、でも、それが「なんぼのもんじゃい」。」
 これが輿石先生の教師としての基準なんだろう。輿石先生は常に生徒との1対1の関係を大切にしていた。社名のEDIC121(one-to-one)は、「1対1で生徒が持っているものを引き出す」という意味だそうだ。1対1の指導は、僕も常に大切にしているが、全体を考えると、正直効率が悪い。でも、生徒一人一人のことを考えると、実は最も効率の良い、大切な関係だ。

「色々考える前に、数年間はとにかくひたすら問題を解き続けた。それで見えてきたものがあった。」
 輿石先生が東京の予備校講師として駆け出しの頃、先輩講師に生徒の前で、散々恥をかかされたと言っていた。悔しくて悔しくて、それからやったことはあーだこーだ言わず、とにかくひたすら数学の大学入試問題を解き続けることだった。日本の全ての大学の受験問題を数年間分は解いたと言っていた。気がつくと16時間ぶっ続けで解いていたこともあったそーだ。

「腹ん中で、なかなか消化できないものは、無理に消化しようとしなくていー。いつかぴったりはまる時が来るから」
 この言葉は今でも僕の根っこにある。海を奪われ、彼女にも去られ、どうしようもなくて、ふがいなかった僕は、ある日、輿石先生と話している時に大泣きしてしまった。輿石先生は何も言わずに、僕の姿をじっと見ていた。僕がひとしきり泣いて落ち着くと、ぽつりと、この言葉をくれた。自分が本当に大切に想うことは、簡単に捨てたり、無理に押し込めたりしなくていい。納得できないなら納得できないまま、宙ぶらりんでもいいから自分の中に大切に持っておきなさい。いつかそれがすーっと納得できる時がくるから、と言ってくれた。これは後に、輿石先生に薦められて読んだ、漱石の「私の個人主義」にも似たような箇所がある。君たちにも僕がよく言う言葉だ。

「他人の評価を気にせず、一人でじっくりやってみなさい。自分に対する誠実さを持って。」
 ナゴヨビで1年働き、ナゴヨビを去る時にもらった言葉。大胆そうでなんだかんだ人目を気にしてしまう僕に対して、他人に対して誠実であるより、まず自分に対して誠実であれと、「sincerity」という単語を使って教えてくれた。他人に振り回されているようでは、自分は確立できない。他人の目の監視下でしか頑張れなければ、本物にはなれない。自分にだけは正直に、誠実に。自分だけは裏切るな。そーすれば自然に他人にも誠実に、優しくなれる。そー教えてもらった。

「鈴木君のような大きな挫折をした人間はなかなかいないから。その経験を、その辛さを大切にして生きなさい。」
 去年の夏、沖縄を訪れた際に1年振りに輿石先生に会った。僕はあの挫折を人に共感して欲しいとは思わないし、逆に簡単にわかった顔されても、お前に何がわかる!とゆー気持ちになるけど、僕の苦しみをずっと近くで見ていてくれた輿石先生にこう言われたのは、自分の苦しみを本当の意味で理解してくれていると感じて、素直に嬉しかった。

「鈴木君の授業を受けたいって思う生徒はいると思うなぁ。鈴木君の良いところは神経質なところだ。俺には気付けないところを鈴木君なら気付いてやれるかもしれない。」
 これを言われた時、「え!?そこ!?」って正直思った。大胆不敵なところとか、英語を論理的に教えるところとか、他にもあるじゃん!って思ったが、輿石先生には何も隠せない。そーだ。僕は神経質なんだ。しかもそれをマイナスだと思っていた。でも、輿石先生は、神経質なところをプラスだと認めてくれた。自分の繊細さを無くそうと躍起になるのではなく、大胆にしていながら、繊細さも失わないようにしようと思った。神経質であることによって、自分は傷つくことが多くても、悩んでいる、迷っている生徒を救うことができるかもしれない。

「常に生徒の方を向いていなさい。俺はどんなことがあっても授業だけは決して手抜きしなかった。」
 嬉しかった。君は間違ってないと言われた気がした。僕が心底大切にしていることだから。ただ僕は、去年の7月心が弱っていて、自分により、君たち生徒によりも、周りの先生に目を向けていた。そして、自分を自分自身の視点よりも、他の先生からどう見えるかで(しかもマイナスの視点で、)見ていた。この言葉によって、僕は自己本位の視点を取り戻すことができた。大丈夫。僕は自分が大切だと思うことを真剣にやろうと。自分が認められる自分であろうと。

「ステージに立て。生徒との信頼関係は、講師だろうが教諭だろうが変わらない。でも、教育や学校自体を変えたいなら、その立場に立たなければいけない。」
 輿石先生は、今の教育に対する僕の不満や愚痴を一通り聞いた上で、こー言った。たかが教員採用試験。教職教養(採用試験の科目)はくだらないとか言ってないで、そこはプラクティカルに勉強して、受かりなさい。・・・はい、全くその通りです。自分に対する甘えがまだまだ僕にはある。負け犬の遠吠えじゃダメなんだ。でも、僕はこう言われても、まだなかなか甘えを排せず、僕が本当に働きたいところはどこなのか定めれずにいる。近視眼的になってしまうのは、あまり賢いとは言えないが、とにかく今を真剣に生きようと思う。

 輿石先生は僕にとって雲の上の存在。決して先生のようにはなれないだろう。でも、僕は偶然にも先生と出会えた。この「出会い」をこれからも大切にして、輿石先生から多くのことを学べるだけ学びたいと思う。先生も僕に期待してくれている。まだまだ輿石先生の前では、いい子になってしまいがちな僕だが、いつか限られた分野だけででもいーから、対等に真っ向勝負で議論できるようになりたいと思っている。それまで是非待っていていただきたい。

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(富士急ハイランド)

 今回は夏に行った、山梨の写真を。ちのの実家にお世話になり、お兄ちゃん家族に富士急に連れてってもらったり、是非行きたかった明野のひまわり畑に行ったり、さーやが超美人になってたり、お盆にとってもゆっくりできました。ありがと~☆

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中村ビスキーくん

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さ~や

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はるくん

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新しいジェットコースター「ええじゃないか」はイス自体の向きがあっちゃこっちゃ変わるとゆー新発想のジェットコースター。
半端なく怖くてたまらなくおもろかった♪
ビビリなちのは乗らず・・・お兄ちゃんが10年ぶりくらいに一緒に乗ってくれた。

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い~日やったな~。
そんなに暑くもなく。お盆なのに。

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山梨ってすげーいーとこ。

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ひまわりっぽい朗らかな笑顔してっつったら、ばっちりできました 笑

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夜はBBQしながら花火。
どーも大変お世話になりました、ほんまに。
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コメント

Re: No title

返信遅れてすいません。
今さっきコメントに気づきました。

僕にとって輿石先生とは、このエッセーに書いたとおり偉大な師です。
簡単に言い表すことはできません。
だからエッセーに書きました。
まぁ、あれでも僕の思いを書き表せたとは思っていませんが…

僕としては、今輿石先生の近くで学べるみやたいさんが羨ましいです。
偶然にはなかなか出会えるレベルの人ではありませんから。
もちろん偉大な人でも、合うところ合わないところあるとは思いますが、取捨選択しながら多くのことを吸収して、みやたいさんの中での輿石先生観が形成されると良いですね。

> 現役ナゴヨビ生のものですが
> 輿石正とは、何者ですか?

2016/02/07 (Sun) 23:57 | Joe Suzuki #- | URL | 編集
No title

現役ナゴヨビ生のものですが
輿石正とは、何者ですか?

2016/01/21 (Thu) 23:05 | みやたい #- | URL | 編集
まりんへ

今日会えますから。
なんとか行きますから。
待ってなさい。

ジョー

2009/03/24 (Tue) 08:09 | joe #uxYHNhu6 | URL | 編集
あいみへ

返信遅くなりました。
心まで折れそうでした。
インフルエンザなんてゆー楽なもんではございませんでした。

今から学校行くから待ってなさい。

ジョー

2009/03/24 (Tue) 08:08 | joe #uxYHNhu6 | URL | 編集
モロさ~~~ん!!

モロさ~~~ん!!!
久々すぎて、思わず顔がほころんじゃいますよ。
元気ですが???
俺は元気どころか入院してます。

病院はネット環境がないので、返信こんなに遅くなってしまいました。
ごめんなさい。
一時帰宅なので、またしばらく無理です。

当時は仲良くしていただいて、本とありがとうございました。
今何やってんですか??
どこにいんすか?

会いたいな~~。

ジョー

2009/03/24 (Tue) 08:07 | joe #uxYHNhu6 | URL | 編集
ちかちゃんへ

わりーな。返信遅くなって。
入院してんです。

で、今日は外出許可もらって学校行きます。
その前に家に寄って、色々準備しながらネットも久々に見てます。

大丈夫じゃない。
でもだんだん平気。
早く退院して、また偉そうに生きたいな~。

2009/03/24 (Tue) 08:02 | joe #uxYHNhu6 | URL | 編集
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2009/03/18 (Wed) 00:19 | # | | 編集
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2009/03/13 (Fri) 09:25 | # | | 編集
お久しぶりです

元気でしたか?ブルーの異端児ともひろ(モロ)です。覚えていますか?写真取ってたヒトだよ。

以前このブログを見つけたんですがコメントしたんだかしなかったんだかも覚えてませんが、また見つけたので、たぶん前回はコメントしてなかったと決め付けてコメ書きます。

記事全て読みましたが感慨深いものがありました。今、昔を思い出すとただ懐かしいばかりです。ブヒ

2009/03/11 (Wed) 13:50 | ともひろ(もろ) #- | URL | 編集
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2009/03/08 (Sun) 19:18 | # | | 編集
あいみへ

回復どころか悪化してるから・・・泣
マジ心が折れそうです。

なんとか騙し騙しやってきたけど、もー騙せない。
マジきついわ。

テスト時間足りなかった奴多かったみたいね。
まだまだ甘いな。

2009/03/08 (Sun) 18:51 | joe #uxYHNhu6 | URL | 編集
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2009/03/06 (Fri) 23:57 | # | | 編集

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